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珈琲案内人りん

Author:珈琲案内人りん
珈琲豆屋の”案内人”やってます。
珈琲の味に限らず、珈琲の世界すべてが面白いので、
自分の中で、コーヒーにつながったことなど をつぶやいています。

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”道徳”を教科として教えることを、どう思いますか。”
…こんな質問について、お坊さんが答える。
テレビで、そんな場面を観ました。


そうしたら、
お坊さんじゃなくてそれを聴いている1人の人が言った。


   「そもそも、”道徳”というものを、算数や国語、社会などの教科と
   分ける必要はあるんだろうか、と思うんだけど」


   実は、道徳というのは、どんなことにも含まれている、
   わざわざ「こういうことはいけない」とか「人に優しく」とか、
   そんな言葉で教え込まなくても。

 ・・・って。


 「算数ができる人は、優しい人である」ということを言っている人がいた、と
 その人は言っていました。

    『算数の問題を解くためには、問題の意味を分解して、
    色々な方向から ああでもない、こうでもない、と解き方を考える。
    だから日常でも、ひとつの物事を色々な方向から考える。
    例えば誰かが困っていたとしたら、その問題に対しても解決方法を色々な角度から考えてあげたりできるから。』
  …なんですって、と。




        おおお。
        おおおおお。
        いい話、聴いたな。
        なんだか すっ としたのは、なぜだろう。


           

 

学校の勉強に限らず、道徳って日常に含まれてる。
いいこと、正しいこと、立派なこと、
そういうことだけが道徳なわけじゃない。
何が素晴らしいか、

一概には言えない。

というか、
とりたてて言葉にすることなんて できないよな。
同じ事柄だって、受け取る人の状況によって行動も考えも違ってくる。


           


私が珈琲の仕事をするにあたって、
この考え方はすごく重要な考え方なんだった。
これなんだ。


珈琲を、特別にくくられたくない、と思ってる。
飲みものとして、とか、液体として、とか、
マイスターとか、銘柄とか、美味しいとか、苦味・酸味・コクとか、
何分とか、何度とか、


それだけでとらえるのが違うような気がして、


   誰かが火がついたように怒っているのを見て
   ドリップの時のボコッと出てしまった泡を思い出したり、
   
   サッカーを観ていたらチームがほとんどコーヒー名で、
   どこを応援していいのか分からなくなったり、

   いろんなティッシュペーペーの手ざわり感、それに
   コーヒーの滑らかさを当てはめてみたり、


 生きている日常の中で遭遇する様々なことと、
 珈琲の世界とがリンクする、

  そんな楽しみを見つけてほしいから、



    こんなになっちゃうんです。




   
  
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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

りんのひとりごと | 22:15:37 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
家庭や地域社会のかかわりが希薄になって
学校の中でのルール守りがたいせつになって、
先生と言うのが人格者でも無くなっちゃって。
良い人であろうとは思わないとか平気で行っちゃってるし、、
私は横浜のプロテスタントの学校でそだったけれども
毎日一時間礼拝がありました。
他の学校もそうで、東大に半分みたいな学校もそうで、
週5日5時間、そのほか英語の聖書とかあった。
仏教の学校ではどうなんでしょう?

2015-04-05 日 00:08:31 | URL | hippopon [編集]
hippoponさん
  「道徳」をわざわざ教えなくても、
  先生の言動が道徳。
…そんな先生に教わるのが一番いいんですけどね。

私が小さい頃は、習いに行っていた書道の先生がそんな人でした。
そして、私の祖母にいろいろ教わった気がします。

今はそんな人、居なくなっちゃったのかなあ…。
2015-04-09 木 21:20:17 | URL | 珈琲案内人りん [編集]
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