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珈琲案内人りん

Author:珈琲案内人りん
珈琲豆屋の”案内人”やってます。
珈琲の味に限らず、珈琲の世界すべてが面白いので、
自分の中で、コーヒーにつながったことなど をつぶやいています。

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イルガチェフとセレモニー
こんなチャーミングなコーヒーが、あるんです。

  高級な『大納言小豆』のような風貌。

  鼻が乾く感じのしない、しっとりとした『果実酒』のかおり。

  含んで少ししてから ぱぁっ!と広がる豊かな風味。
  …のどの奥で、花が咲く



エチオピア・イルガチェフ。
”イルガチェフェ” という方が多いかな。
(”イルガチョフ”ではありません。ロシアっぽくなっちゃいますよ。)

           


NONAKAでは、通常販売品として ”エチオピア・モカ・シダモ” という豆を置いています。
それとどう違うのかと言えば、

まず、「モカ」と名の付くコーヒーについて。

一般に、コーヒーの味をことばで表現すると、「苦い」ですね。


   モカって名の付くコーヒーは、
   コーヒーの中でも独特な風味を持っています。
   「クセ」という表現に近い、いわば異端な味、香り。
   それがあるから、「モカ以外は好きじゃない」なんていうほど溺愛されたりするのです。
   逆に、苦手な人もはっきりします。

   その風味は、もともとの豆の特性でもありますが、
   実を摘み取ってから後の 処理の方法 によって強調されるんです。


語弊があるかもしれませんが簡単に言うと、
  摘み取ったらとにかく 水を使わず乾かしまくる
  完熟も未熟もごちゃまぜ形も大きさもバラバラ

完璧な人ってスキがなくておもしろくないでしょう?
モカは、完璧どころか”困っちゃう人”ばかりが集まって ああじゃないこうじゃない…になっている状態、と言いますか。
ひと口飲んだ時、スタンダードな苦みの珈琲に慣れている人は、
…うっわ~…という印象を持つと思います。



では、
この”モカ・イルガチェフ”と”モカ・シダモ”は、どんなふうに違うのか。と言いますと、


  イルガチェフも、シダモです。

   アフリカ エチオピアの南部に”シダモ地方”があり、その中にイルガチェフ地区”があります。
  つまり、日本で言うと、
  ”九州地方 長崎県 ” みたいなもの。


   シダモ地方のだいたいは、前述した『乾かしまくり』処理をします。
   しかし、。

   シダモ地方のイルガチェフというこの高地、水が豊かにあるのです
   だから贅沢に水を使って、洗って分別して乾かして…と丁寧に処理されるのです。
   他のモカの豆と比べると、まあ同じモカとは思えないほど 粒がそろってきれいです。
   口に含んでみても、うっわ~…になりません。
   ん?…あ、ふわぁと広がるね!美味しいねこれ!と受け入れやすい個性にみがかれています。




           



ところで、
コーヒーの発祥地は、エチオピア とか イエメン とか言われています。
(エチオピアの西部に、”Kaffa(カファ)”という地方があり、これが”コーヒー”の語源と言われているんですって。)
そして、
多くのコーヒー生産国がコーヒーを輸出用としている中、
エチオピアは国内でもかなり飲むのだそうです。
コーヒーに染まった国ですね!


コーヒーは、エチオピアにとって、神聖なものなのでしょう。

こんな儀式があります。
  ↓
3.jpg 7.jpg
Ethiopia Bet より  コーヒーセレモニーのようす


  ”コーヒーセレモニー”。
  日本で言う、”茶道”。
  エチオピアでは、『Kariomon (カリオモン) 』と言います。
「コーヒーを飲む」ということに、精神的なものや教養などを含ませた、文化的習慣。
結婚前の女性が身につけるべき作法として、一家の娘にあたる人が行う、とありました。


すごいです。


    豆を洗って、
    七輪木炭で煎って、
    杵と臼でくだいて、
    お湯で煮出して、
    その場を清めて、
    コーヒーを濃し淹れる。
     
   …おお、焙煎、ドリップ!…
    
    1杯目は 大地に感謝して注ぎ、
    2杯目は お砂糖・塩などを入れ、
    3杯目は バターや香辛料などを入れて、飲むのだそうです。



           



そういう儀式のことを知ると…、



  この”イルガチェフ”は、まだ、
  この歴史になじんでないように思えますね、クリーン過ぎて。
   コンクリートの都会 のような。
   田舎の土や草の匂い がしなくってね。
  どちらかというと、エチオピア・シダモや、エチオピア・ハラーの方が、
  古くからの文化的なものを感じます。
  ・・・個人の感想ですが💦


ま、でも、
モカはおもしろいぞ。
先入観、思い込みで「モカって酸味でしょ」と避けてきた人も、


まずはこのきれいなイルガチェフを、モカへの入り口に!
はまったら抜けられないモカの世界へ(自己責任で)!



                        


                                 


テーマ:コーヒー - ジャンル:グルメ

ストレートコーヒー | 21:24:35 | トラックバック(0) | コメント(5)
ねこ
お休みの今日、いちばんココロがゆさぶられたこと


  信号が青になって、
  ねこが横断歩道を落ち着いてテッテッテッとあるいて渡り切ったこと


そのすぐ後にパトカーが通りました。

おまわりさんは、あのねこを どうおもっただろうか

      IMG_0661.jpg
         ねこカフェめぐりの本 を 持っています




テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ

りんのひとりごと | 00:11:14 | トラックバック(0) | コメント(2)
待たれること
IMG_0656.jpg

桜が、散りました。
今年はぎゅうっと寒い日が続き、
わっ!とあったかくなり、
ぽぽぽぽぽん!!と一気に桜の花が咲きました。
人々はみな、行かなくちゃ!という感じでお弁当を持って、
さくらの木のもとへ。

「桜って、何なんでしょうね…。
今以外の間は、1年間ずっとずっと秘めてじーっとしていて、
ほとんどの人に気にもかけられずにいて、
花が咲くこのほんの1週間くらいの間だけなんですよね、
こんなにも見てもらえるのは。
引き際よく、見事に散るんですよね…。」
と、
お客様と話しました。

そうしたら、
こんなふうにおっしゃった方がいらしたんです。


「でも、こんなに『待ち焦がれられる』花って、ほかにはありませんよね。」



・・・・・・!




  私は一瞬、言葉を失いました。
  『待ち焦がれられる』…
  そこ だったんだ。
  桜の価値って、そこだったんだ。


大好きなアーティストのコンサートのチケットをとった時。
仲良しの友達と旅行に行く予定をたてた時。
気のおけない仲間と〇〇日に集まる予定をたてた時。
とてもとても久しぶりに大事な人に会う約束をした時。

それが決まった時から その当日まで、
ワクワクドキドキ。
あと何日、もうすぐあの楽しみがくるから、頑張ろう。と思う、あの気持ち。
待っている間が、いい。
その日が来たら、火が消えたようになってしまう。


待っている間が長い。1年間。
ずっと待っているわけではないけれど、桜は必ず毎年、見事に咲き誇ってくれるのがみんな分かってる。
 今年はいつ頃?もうすぐかな。
 だいぶ蕾がふくらんできたね、
 あ、ひとつ咲いてるよ!もうすぐだよ!


 ・・・咲いた!


            



なんて素敵な見かたなんでしょう。
『待ち焦がれられる』という見かたを、初めて認識しました。
『待ち焦がれられる』価値。
待ち焦がれる強さ、を。



そして、うちの店の珈琲が、『待ち焦がれられる』珈琲に、なれたら。
そんなお店に、なりたい。
…そう、思ったのです。





同じ話であっても、
人それぞれ捉え方が違って、返ってくる言葉が異なります。
そのことばが、りんの楽しみです。
自分では考えもしなかった、宝物のようなものをいただくことが、あります。



                      





テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

りんのひとりごと | 20:47:02 | トラックバック(0) | コメント(2)
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”道徳”を教科として教えることを、どう思いますか。”
…こんな質問について、お坊さんが答える。
テレビで、そんな場面を観ました。


そうしたら、
お坊さんじゃなくてそれを聴いている1人の人が言った。


   「そもそも、”道徳”というものを、算数や国語、社会などの教科と
   分ける必要はあるんだろうか、と思うんだけど」


   実は、道徳というのは、どんなことにも含まれている、
   わざわざ「こういうことはいけない」とか「人に優しく」とか、
   そんな言葉で教え込まなくても。

 ・・・って。


 「算数ができる人は、優しい人である」ということを言っている人がいた、と
 その人は言っていました。

    『算数の問題を解くためには、問題の意味を分解して、
    色々な方向から ああでもない、こうでもない、と解き方を考える。
    だから日常でも、ひとつの物事を色々な方向から考える。
    例えば誰かが困っていたとしたら、その問題に対しても解決方法を色々な角度から考えてあげたりできるから。』
  …なんですって、と。




        おおお。
        おおおおお。
        いい話、聴いたな。
        なんだか すっ としたのは、なぜだろう。


           

 

学校の勉強に限らず、道徳って日常に含まれてる。
いいこと、正しいこと、立派なこと、
そういうことだけが道徳なわけじゃない。
何が素晴らしいか、

一概には言えない。

というか、
とりたてて言葉にすることなんて できないよな。
同じ事柄だって、受け取る人の状況によって行動も考えも違ってくる。


           


私が珈琲の仕事をするにあたって、
この考え方はすごく重要な考え方なんだった。
これなんだ。


珈琲を、特別にくくられたくない、と思ってる。
飲みものとして、とか、液体として、とか、
マイスターとか、銘柄とか、美味しいとか、苦味・酸味・コクとか、
何分とか、何度とか、


それだけでとらえるのが違うような気がして、


   誰かが火がついたように怒っているのを見て
   ドリップの時のボコッと出てしまった泡を思い出したり、
   
   サッカーを観ていたらチームがほとんどコーヒー名で、
   どこを応援していいのか分からなくなったり、

   いろんなティッシュペーペーの手ざわり感、それに
   コーヒーの滑らかさを当てはめてみたり、


 生きている日常の中で遭遇する様々なことと、
 珈琲の世界とがリンクする、

  そんな楽しみを見つけてほしいから、



    こんなになっちゃうんです。




   
  

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

りんのひとりごと | 22:15:37 | トラックバック(0) | コメント(2)

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